大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和62年(行ツ)108号 判決 1988年11月25日

選定当事者

上告人

奥野万亀夫

選定当事者

上告人

宮川淑

(選定者は別紙選定者目録記載のとおり)

被上告人

高橋國雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人らの上告理由について

市川市が本件各事業計画について千葉県当局者との間で意見調整等をした機会に行われた本件各接待が社会通念上相当な範囲にとどまるものであって、その費用に充てるために被上告人が本件交際費を支出したことが違法であるとはいえないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官藤島昭 裁判官奥野久之)

別紙選定者目録<省略>

上告人らの上告理由

一、本件上告に至るまでの経過

本件訴えは、上告人ら市川市の住民が、住民に認められた訴権であるところの地方自治法二四二条の二、一項四号に基づき、地方財政法四条一項及び民法九〇条に違反して市川市の公金を支出した被上告人高橋国雄に対し、市川市に代位して損害賠償を請求する住民訴訟である。

第一審の千葉地方裁判所は、訴えを適法と認め、本案について審理を行ったが、被上告人の公金支出を市長としての裁量権の範囲内と認め、上告人らの訴えを棄却した。

上告人らは、これを不服として東京高等裁判所に控訴したところ、同裁判所は、一審判決を取消し、上告人らの訴えそのものを不適法として却下した。

そこで更に、上告人らは、これを不服として最高裁判所に上告したところ、同裁判所は、上告人らの訴えを不適法として原判決を破棄し、審理を東京高等裁判所に差戻した。

差戻審を審理した東京高等裁判所は、第一審判決の判決理由に若干の付加、訂正を加えたものの、第一審判決とほぼ同理由で上告人らの訴えを棄却した。

二、原判決の要旨

原判決は、本件の料亭北邑及びホテル京葉における二件の接待について、その目的、出席者の顔ぶれ、会場、時期、接待の内容、所要経費等をかん案し、いずれも社会通念上妥当な範囲内のものと認め、公序良俗並びに地方財政法四条一項の規定に違反しない、と判断した。

三、原判決の誤り

原判決は、明らかに、地方財政法四条一項及び民法九〇条に違背し、違法と判断すべき公金の支出を合法と判断したものである。

(一)、原判決が、地方財政法四条一項に違背する点。

地方財政法四条一項は、「地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最小の限度をこえて、これを支出してはならない」と地方公共団体の予算執行に当たっての一般原則を定めている。

予算を執行する者及び会計を監督する地方公共団体の長は、個々の予算執行に当たって、個別的・具体的に「必要且つ最小の限度」を判断すべきことになるが、市長交際費も又、予算を執行する者及び地方公共団体の長の完全な自由裁量ではなく、この原則の適用を受けることは当然であり、その点は原判決も認めている。

さらに、交際費から、公務員間の職務上の接触の際の経費を支出する場合でも「必要且つ最小の限度」を判断する基準を置き、それに基づいて支出するのでなければ、そもそも「必要且つ最小の限度」をこえる余分の冗費は算出できず、地方財政法四条一項の規定は実際には空文化してしまう。

原判決は、その基準を「社会通念」とするもののようであるが、仮りに社会通念という基準を採るとしても、原判決の社会通念には基本的な誤りがある。

すなわち、交際費支出の合理的な限界は、あらゆる種類の交際に共通の一本の尺度があるのではなく、公務員間の職務上の接触の場合、官公庁が賓客を遇する場合、私企業間の交際の場合、私人間の交際の場合等、それぞれにおいて合理的な限界が考えられなければならないはずである。

原判決は、その点、私企業間のかなり高額のおおざっぱな交際についての社会通念をそのまま公務員間の職務上の接触に持ち込んだ感が強い。

しからば、公務員間の職務上の接触の場合の交際費支出の合理的な限界とは何であろうか。自治省が本件接待に先立つ昭和五四年一一月二六日に出した『通知』(「官公庁間の接待及び贈答品の授受は行わないことはもとより官公庁間の会議等における会食についても必要最小限度にとどめる」)(甲第三号証)がそれではないのか。

自治省が示したこの基準では、「会議等における会食」については、「必要最小限」の範囲で許されるが、「接待」や「贈答品」は行われるべきではないのである。

料亭北邑での一人分八千円、ホテル京葉での一人分七千円の料理、ウイスキー、ワイン、ビール、日本酒等の飲酒、北邑での県職員への一人二千円の土産、タバコの購入、ハイヤーで自宅まで県職員を送っていることなど、「接待」や「贈答」の内容は、通常の会議等における会食の程度をはるかに超えていた。

どのように寛容に判断しようとも、上述の自治省の示した基準をはるかに超えている。そこで上告人ら住民は、その自治省の示した基準を手がかりに「必要最小限」の経費を計算したのである。

すなわち、① 飲食費については、市川市の条例(乙第二号証及び第三号証)上の食卓料を基準とする。② 交通費については、国鉄及びバス運賃の実費を必要額とする、③ 贈答品については全額違法支出とする、という基準が何故不適当なのであろうか。

まるで定量性がなく、客観性も乏しい「社会通念」という漠たる範ちゅうを支出の許容限度とし、自治省の『通知』を手がかりに「必要最小限」を計算した住民の主張を却ける裁判所の判断が良識に叶ったものと言えるであろうか。

さらに、原判決は、本件の接待を妥当な範囲内とする一根拠として、接待における「会場」を挙げている。つまり、会場が料亭やホテルというもともと経費の高額のところであるので、二件の接待費が高額であることもやむをえない、という論理である。

この論理は、まるで逆立した論理であって、この論理に従えば、会場が高級になればなるほど、社会通念上妥当な範囲もレベル・アップすることになる。

上告人ら住民が指摘しているのは、そもそも接待の会場に「料亭」や「ホテル」を選んだこと自体の問題性なのである。

(二)、原判決が、民法九〇条の公序良俗の規定に違背する点。

1、被上告人は、第一審における「答弁書」九頁において、「市は被接待者に対し市の行政執行の財源となるべき地方譲与税・地方交付税・国庫並びに県支出金及びその他の交付金等の配分につき種々煩雑な手続を煩わしていること」を、本件接待費の支出を合法化する一理由に挙げているが、この被上告人の考え方を原判決は否定していない。

この認識は、千葉県職員の市川市に対する交付金等の配分行為がまるで恩恵的行為であるかのごとき認識である。

国からの地方譲与税は数種あるが、どれも事務の取り扱いは同一で、例えば、地方道路譲与税についてみれば、地方道路譲与税法四条の二は、都道府県知事が、区域内の市町村に譲与すべき地方道路譲与税の額の算定及び譲与に関する事務を取り扱わなければならないことを定めている。

地方交付税についても、地方交付税法一七条一項が、同様に、都道府県知事に対し、区域内の市町村に対し交付すべき交付税の額の算定及び交付に関する事務を取り扱わなければならない、と定めている。

国庫支出金に関しては、補助金等に係る予算の執行の適性化に関する法律二六条が、各省・各庁に対し、補助金等の交付に関する事務の一部を都道府県の機関に委任することができることを定めている。

県支出金に関しては、千葉県の、市町村振興特別交付金交付要綱(昭和四九年告示四一四号)、コミュニティ環境整備事業補助金交付要綱(昭和五三年告示四六六号)等、計八種の補助金交付に関する要綱に基づいて行われている。

以上のとおり、被接待者の千葉県職員が市川市に対し行ってきた被上告人の指摘する行為は、いずれも法律や県の要綱に基づく職務上のき束された行為として行ってきたものであって、何らの恩恵的行為ではない。したがって彼らは、市川市にとって、被上告人がいうような礼を尽して接遇すべき客人・来賓の立場にあった者とは言えない。

それどころか、仮に被上告人の主張どおりであれば、県と市との関係において、市が県職員が酒食を以て供応することが、交付金等の配分においての有利な要件となっていることであり、行政の公正な執行は歪曲される結果を招いていることになり、かかる行為は公序良俗に反する。

2、被上告人は、一審での第一準備書面において、市川市の事業計画を四つ挙げたうえ「右事業の必要なことの認識を与え、国、県の限られた財源のうちから補助金の交付を受けたり、また起債の許可を受けたりしなければならない」次第で、接待を行ったことを認め、さらに第二準備書面でも、「国、県の補助金額には一定の限度があり、従って県下すべての市町村の申請が認められるものではないから、各市町村は申請した補助事業はその市町村の行政執行上必要欠くべからざるものであり、他の市町村のそれよりも優先して執行されるべきものであることの認識を与えなければならない」と述べる。

また、被上告人は、新聞社社長との対談では、市長交際費を使っての県職員接待に関して「自粛すべきはします。しかし、行政としては最小の力で最大の効果を挙げた―という面も見てもらいたい。公園をひとつつくったとします。国から半分、補助がつくんです。ところが実際には五百万円から一千万円程度。これに抗議したところで、向うは予算のワク内でドンブリ勘定なんですから、裏から働きかけて二千万円―三千万円もらった方がいい面があるのです。市民には、このような実態をもっと知ってもらいたいですね。」(甲第六号証)と本音を漏している。

本件二件の接待が、国及び県からの補助金獲得工作と無関係でなかったことは、一審判決も、また原判決も認めている。

市町村が、国あるいは県から補助金を得る際に、交付権者のサジ加減を期待して穏密裏に供応が行われるわが国の官公庁間の悪慣行は、以前から「宴会行政」とか「接待行政」とか呼ばれ、それが風土化さえしているため、世間にもそれを必要悪として是認する空気がある。

しかしそれは、今日の行政の真実を隠蔽する当事者の作為でしかない。自治体行政の政策公準としてのシビル・ミニマムと呼ばれたような社会資本の投下や住民福祉の充足度を計るバロメーターが各自治体で作成され出してからすでに相当の年数を経過しており、国や県には、各市町村の社会資本の投下や住民福祉の達成度を適確に判断できるだけの資料が豊富に整備されている。

例えば、財政状況については、千葉県地方課は、毎年詳細な『市町村財政の状況』という調査書を発行し、公共施設については、これまた詳細な『市町村公共施設状況調査結果表』という調査書を毎年刊行している。さらに公共施設のなかで、学校とか社会福祉施設とかそれぞれについての詳細な調査をそれぞれの所管の部課が行っているから、いくつかの市町村から競合して補助金の交付申請が出た場合でも、国や県は、十分客観的資料に基づいて優先順位を判定できるだけの能力を持っているのである。

それにもかかわらず、補助金交付を担当する者の主観がものをいい、その者の胸三寸で事が決まるような状況を、国や県の所管の者と市町村当局の双方が意図的に作っているところに、「宴会行政」、「接待行政」の真相があるのである。

因に、欧米にも自治体に対する補助金交付の制度はあるが、欧米では、法律や規則で交付の条件を決め、条件に合うものにはすべて交付する仕組になっており、わが国のように、政治のサジ加減で、ある自治体には交付し、ある自治体には交付しないというようなことはないという(朝日新聞昭和六一年三月五日朝刊、社説)。

補助金交付を、客観的データに基づいて行わず、担当者の主観で左右する作為の仕組を必要悪として是認し続ける限り、各市町村は、補助金獲得のために今後も酒食の供応を以て競争を続けるであろう。

要するに、こうした手段での補助金獲得競争は、行政の適正な執行を歪曲し、あるべき公の秩序を乱すもので、正に本件接待は、公序良俗に反するのである。

昭和五五年当時、市川市では、左記のような官公庁間接待もあった。

一件は、割烹かね与(市川市八幡二の一一の四)において、「京成線の立体化問題についての千葉県都市部と打ち合せ後の懇談会」(昭和五五年四月二四日実施)経費として、昭和五五年一〇月九日支出されたもので、出席者は県側三人、市川市側六人、支出金額六五、三四〇円(一人当たり七、二六〇円)。

他の一件は、八幡会館(市川市八幡四の二の一)において、「関東地方建設局長他が来市し種々打合せ後の懇談会」(昭和五五年八月一日実施)経費として、昭和五五年一〇月一四日支出されたもので、出席者は国側七人、市川市側三人、支出金額七七、九四〇円(一人当たり七、七九四円)である。

これら二件と本件訴訟の対象となっている二件を比較すると、相手方の社会的地位には差がない。しかるに後者の方が一人当たり約六千五百円から約一万一千円過大支出となっている。このことは、本件の二件が単なる交際ではなく、特に補助金獲得のためにセットされたものであることを裏付けていると言える。

原判決は、「当時市川市では本件事業遂行のため、千葉県の当局者との間で本件事業の説明の機会を設け、意見調整をする必要のあったことが明らかであり、地方公共団体の右のような行為が、地方自治法二条二項にいう事務に含まれることはいうまでもない」という。

補助金等に係る予算の執行の適性化に関する法律六条一項は、補助金等の交付の決定手続として、書類審査及び必要に応じた現地調査の手段を定めている。

おそらく原判決の判断は、本件の接待が、書類審査や現地調査の補完手段として行われたものと認定するのであろうが、上記の補助金等に係る予算の執行の適性化に関する法律は、その一条に規定するとおり、補助金等の交付の不正な申請を防止することを一目的とする法律であり、二九条一項、二項では、「不正な手段」によったり、「情を知って」の交付を禁じる規定を置いている。

上告人らは、「本件事業の説明の機会」や「意見調整をする必要」を否定しているのではない。

問題は、そうした行為が、役所の会議場ではなく殊更料亭やホテルを会場に選んで行われたという事実なのであり、そうした会場設定とそこでの酒食の豪華なもてなしは、上記法律にいう「不正な手段」あるいは「情を知って」という行為に相当し、そうした行為は、少なくとも公序良俗に反する行為と言わざるをえないということなのである。

以上、原判決は、地方財政法四条一項及び民法九〇条に違背し、違法と判断すべき公金支出を合法と判断したもので、破棄されなければならない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例